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Deutsches Institut für Japanstudien

競争の規定要因

 1994年3月年 - 1997年3月

この研究プロジェクトの第1部では、日本における競争政策の役割を分析している。日本は第二次世界大戦後の連合国による占領時代、すでに包括的な競争法体系を整えていた。しかし、その後高度経済成長時代においてはカルテル禁止について多くの例外が設けられた。日本におけるカルテル禁止・独占禁止政策の重要性は、それゆえ限定的なものと見なさざるを得ない。しかしながら、このことから日本においてカルテルが優遇されている、あるいは独占が支配している、という結論を導きだすのは誤りである。いわゆる高度成長時代(1955年~1973年)だけでなく、そのあとの時代(1973年~1992年)においても、日本経済は国際的に比較しても適応能力があり、ダイナミックであったと言うことができるのである。

この分析結果から、以下のような問題が提起される。産業構造の自己変革能力にみることができるような日本経済の競争能力の強さにおいて決定的な意味を持つのは、競争政策以外にはどのような要因があるのであろうか。それは構造的なものであろうか、経済システムに内在的な要因であろうか、あるいは政治的な要因であろうか。これが本研究プロジェクトの第2部の課題である。この研究では、労働市場組織あるいは教育・雇用システムといった構造的機能的メルクマールと、産業組織のあいだの相互作用に重点を置いて分析をおこなった。この際、日本での工業化の開始が遅れ、その遅れを取り戻さねばならなかった、という歴史的コンテクストを考慮する必要がある。我々の研究結果は、以下のテーゼに集約することが可能である。

1) 日本経済システムの自己変革能力は、教育・雇用システムの組織によって規定されている。企業ごとの従業員教育、企業内部での労働力の配置転換などがこれにあたる。ミクロ経済学における競争理論は、生産物市場の組織のみを本質的な競争の決定要因と見なしているが、これは日本の状況を見る限り適切とは言えない。

2) 日本の教育・雇用システムは工業化の過程の中で形成されてきた。海外の先進諸国との発展の格差を日本の国民経済は比較的遅くになってから急速に取り戻し始めたが、このプロセスの分析から教育・雇用システムの構造および機能の特色を明らかにすることができよう。

3) 日本教育・雇用システムは、日本経済が先進国の水準に追いついたその後になっても、引き続き日本経済の発展を特徴づけている。二度の石油ショックの結果生じた産業構造の適応問題の克服に際しても、また技術集約的な分野への生産構造の転換においても、このシステムは有効であることを実証した。

4) このシステムが守勢に立たされたのは、このシステムを生み出し、機能させてきた枠組みが変化を始めたとき、すなわち経済成長率が低下し、人口の年齢構成が変化し、新しいテクノロジー体制が出現したときであった。